最大の悲しみ・・・

一昨年、妻の血液検査で他の病院を紹介された。

国立の病院で検査して帰ろうとした所、妻が車の中で「具合が悪い」と言いだした。

その事を病院側に伝えたら即日入院となった。


妻の病名は『肝硬変』。

しかも腹水が溜まっていたとの事だった・・・

妻は酒は好きだったけど多く飲むと言う訳ではない。

子供を産んだ時に「脂肪肝」とは言われていた。


入院後は点滴と腹水を取り除く為の薬で約1カ月位で退院できた。

しかし、医師からは「治らない病気で、これ以上悪くならないようにするしかない」と告げられた。


その後は、塩分を控えた食事にしたり、毎月の定期検診を繰り返していた。

でも、入退院を繰り返していた。

昨年の春に入院した後はパートも辞めた。

(妻の代わりに入院の報告と病状説明をパート先に伝えに行ったら、

『会長夫人から私がパワハラを受けた』のだった!)




昨年の10月に再度入院。

医師から「末期の状態」と宣告された。


この時は腹水が7リットル位溜まっていたようだった。

普段から気を付けていたのに何で?と言う気持ちで一杯だった。

妻が自宅に居た時は肝硬変特有の症状が出ていて寝たきりだった。


末期の状態なら「残りの人生を生まれ育った実家で過ごした方が良いのか?」と考えた。

義父に相談したが結果は出なかった。

しかし、退院して妻から「息子を連れて実家に戻る」「離婚はしない」と言われ、

昨年12月12日に息子を連れて実家に戻ってしまった。


実は息子は『2年間に渡り児童館内でイジメ』に遭っていた事があった。

イジメに対して児童館・管轄の仙台市に調査依頼をしたが、

児童館側は「事実関係は分かりません」と。

管轄の仙台市は『連絡をすると言ってから半年以上も連絡を忘れていた事』が発覚した。

仙台市の対応は文書で残っている。


こう言う事があったので妻も息子も仙台市には居たくない気持ちだったのかもしれない。


妻と息子が居なくなってから何度か妻にメールしたが2回返事が返って来ただけで返信が無かった。


自宅に居た時の状態を知っているから「具合が悪くてメールする気力が無いのかな?」と思って

なるべくメールしないようにしていた。



そして今年の4月9日・・・義父から電話があった・・・

「3月31日に亡くなった」と・・・

本人の希望で「私には知らせないように」と言われていたと・・・

確かに妻の実家とは折り合いが悪かったので色々と気を使ってそう言ってたのかもしれないが・・・


義父曰く「初七日が終わったので知らせる事にした」と・・・

更に、私が非正規で働いている為に生活力が無い事を怒鳴り口調で言われ

息子は義父が育てると言われた。


息子まで失う事になった・・・


まだ頭が混乱していてどうしたら良いのか分からない・・・